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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)40号 判決

原告

東洋産業株式会社

右代表者

朴己順

右訴訟代理人

亀田利郎

被告

株式会社東京銀行

右代表者

黒柳陽太郎

右訴訟代理人

阿部甚吉

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二三一〇万三〇八〇円及びこれに対する昭和四八年二月六日から右支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張〈以下―省略〉

理由

一原告が、韓国の肩書地に本店を有する同国の法律に基づいて設立された、かつら製造及び人毛加工業、貿易業等を目的とする商事会社であり、被告が銀行取引を目的とする株式会社であることは、当事者間に争いがない。

二次に、〈証拠〉によれば、原告は、洗滌済人毛を韓国に輸入するため、昭和四四年九月上旬頃、訴外大東物産との間に、洗滌済人毛四三〇〇キログラムを代金七万五〇一〇アメリカドルで韓国に輸入することを内容とした原告主張の請求原因2に記載の通りの仲介貿易契約を締結したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

次に、訴外大東物産は、その後昭和四四年九月一八日、日本国政府から右仲介貿易契約に関する許可を受け、また一方、原告は、昭和四四年九月二三日、韓国ソウル市内の訴外韓一銀行に対し信用状の開設を依頼し、ついで同銀行が右原告のために訴外韓国外換銀行に対し、信用状の開設を取次いでその依頼をした結果、同月二五日、右韓国外換銀行が取消不能の本件信用状を開設し、その後右信用状が訴外大東物産に交付さたこと、本件信用状には、その決済条件として、原告主張の請求原因4に記載の通りの条件が明記されていること、被告銀行大阪支店が、昭和四四年一〇月九日及び同月一一日の両日に、訴外大東物産から本件信用状に基づいて振出された同会社振出にかかる本件荷為替手形二通(額面金四万四四六〇アメリカドルと同金三万〇五五〇アメリカドル)を受取つたこと(但し、被告銀行が右荷為替手形を買取つたものであるか否かの点は暫く措く)、ついで、被告銀行大阪支店と訴外フアースト・ナシヨナル・シテイ銀行との間で、本件荷為替手形の代金決済がなされたこと、また、訴外大東物産がその後倒産したこと、以上の事実についてはいずれも当事者間に争いがない。

そして、右争いのない各事実に、〈証拠〉を総合すると次の如き事実が認められる。すなわち、本件信用状の発行依頼人は、形式的には訴外韓一銀行となつているが、実質的には前記の通り、原告であり、その発行銀行は訴外韓国外換銀行である外、その受益者は訴外大東物産、本件信用状で指定された買取銀行は訴外フアースト・ナシヨナル・シテイ銀行大阪支店であつて被告銀行大阪支店ではないこと、被告銀行大阪支店は、昭和四九年一〇月九日及び同月一一日の両日、訴外大東物産から本件信用状に基づいて振出された額面四万四四六〇アメリカドルの本件荷為替手形一通(甲第七号証の原本)と、額面金三万〇五五〇アメリカドルの荷為替手形一通(甲第一〇号証の原本)とを買受け、その対価として大東物産に対し、日本円で金一五八九万五三一三円と金一〇九一万七二一〇円とを支払つたこと、そして、本件信用状で買取銀行と指定さた訴外フアースト・ナシヨナル・シテイ銀行は、被告銀行大阪支店から本件荷為替手形二通を買取つてその手形額面相当の代金を被告銀行大阪支店に支払い、ついで、本件信用状の発行銀行である訴外韓国外換銀行が右フアースト・ナシヨナル・シテイ銀行大阪支店から本件荷為替手形の償還請求を受けてその支払をしたこと、そして、本件信用状の実質的な発行依頼人である原告は、自己の取引銀行である前記韓一銀行を通じて、右韓国外換銀行に対し、本件荷為替手形二通の額面金額に相当する金額を支払つたところ、本件信用状に基づいて振出された本件荷為替手形に添付されていた船荷証券(検甲第一、二号証)は、偽造のものであつて、原告が訴外大東物産の仲介で買入れた洗滌済人毛合計四三〇〇キログラムは、現実にインドネシアから船積みされていなかつたため、原告は右洗滌済人毛を現実に取得することができず、かつ、その後右大東物産が倒産したため、同訴外会社に本件荷為替手形金相当額の賠償も求められなくなつて、結局、原告は右同額の損害を蒙つたこと、以上の如き事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三、ところで、原告は、原告が右損害を蒙つたことについて、被告銀行大阪支店が本件信用状で指定された買取銀行ではないのに、本件信用状に基づいて振出された本件荷為替手形を買取つたとして、右の点に被告銀行大阪支店の担当職員の過失があると主張しているところ、被告銀行大阪支店が本件信用状で指定された買取銀行でないことは前記認定の通りである。しかしながら、被告銀行大阪支店が右にいわゆる買取銀行として本件荷為替手形を訴外大東物産から買取つたことを認める証拠はなく、却つて、前記二に認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、被告銀行大阪支店は右買取銀行として本件荷為替手形を買取つたものではなく、訴外フアースト・ナシヨナル・シテイ銀行大阪支店が、右買取銀行として被告銀行大阪支店から本件荷為替手形を買取つたことが認められる。しかして、信用状で指定された買取銀行が、当該信用状の受益者に金融を得させるため、右受益者から信用状に基づいて振出された荷為替手形を取得しても、将来、本件信用状の発行銀行又は買取銀行に対し、その権利行使ができるか否かは暫く措き、右荷為替手形を、善意で(本件では悪意の主張立証はない)割引いたり買受けたりしてこれを取得することは、何等妨げないものと解すべきであるから、右の点に関する原告の主張は失当である。

四次に、原告は、被告銀行大阪支店の担当職員には本件荷為替手形を買取るに際し、信用状を遵守し、信用状統一規則七条の書類を点検する義務に違反し、原告主張の請求原因7に記載の如き書類の点検義務等を怠つた過失があり、そのために原告が前記損害を蒙つたものであると主張しているが、本件における全証拠によるも、被告銀行大阪支店の担当職員に右原告主張の如き過失があつたことを認め得る証拠はない。

もつとも前記二に認定した事実に〈証拠〉によれば、本件信用状はいわゆる荷為替手形であることが認められるところ、本件荷為替手形についての取引がなされた昭和四四年当時には、信用状に基づく国際間の取引については、その統一的な基準として、国際商業会議所により、「荷為替信用状に関する統一規則及び慣例」(但し、一九六二年に改定のもの)(信用状統一規則)が定められており(乙第二号証参照)、我が国及び韓国の銀行協会、銀行等もこれを採択していたのであるし、また、〈証拠〉によれば、本件信用状には、別段の特約のない限り、右の信用状統一規則に従う旨記載されていることが認められるから、本件信用状に基づいて振出された本件荷為替手形の取引については、右信用状統一規則の適用があるものというべきであるし、また右信用状統一規則七条には、「銀行は、相応の注意をもつてすべての書類を点検し、それが文面上信用状条件に一致していると認められるかどうかを確かめなければならない」と定めているのである(乙第二号証参照)。しかし、右規則七条所定の銀行は、信用状の発行銀行の外、当該銀行によつて授権され、かつ、証券等の書類の呈示を受けることになつている支払銀行、引受銀行、買取銀行、確認銀行の各銀行をさすものと解すべきところ、前記認定の事実に〈証拠〉によれば、本件信用状の発行銀行である訴外韓国外換銀行から本件信用状に基づいて振出された荷為手形の買取を依頼され、その旨の授権を受けたいわゆる買取銀行は、訴外フアースト・ナシヨナル・シテイ銀行大阪支店であること、そして被告銀行大阪支店は、右韓国外換銀行から右荷為替手形の支払、引受、買取、確認を依頼され、その旨の授権を受けた銀行ではないことが認められる。してみれば、被告銀行大阪支店は、本件信用状に基づいて振出された本件荷為替手形の売買等の取引に関しては、信用状統一規則七条に定める銀行ではなく、本件信用状の当事者である発行銀行やその発行依頼人に対し、直接右同条所定の書類の点検義務を負担しているものではないというべきであるから、被告銀行大阪支店が右同条の書類の点検義務を負担していることを前提として、その担当職員に右義務を怠つた過失があるとの原告の主張は失当である。

なおまた、元来、荷為替信用状は、信用状発行依頼人(商品の買主)の依頼によつて、発行銀行が開設し発行するものであつて、信用状発行依頼人と発行銀行との法律関係は、委任契約及び指図を帯有し、かつ、担保権設定契約保証契約等を含む信用状開設(発行)契約関係であり、これによつて信用状発行銀行は、信用状発行依頼人に対し、同依頼人の指図に合致した証券に対して支払をする義務を負担し、かつ、右支払に際しては、信用状条件を遵守し、信用状と共に提出された書類の点検義務を負担しているものというべきであるから、信用状発行銀行が右義務を怠つてその支払をすれば、信用状発行依頼人に対して損害賠償義務やその他法律上の責任を負うこともあり得るのである。

しかしながら、信用状発行銀行から授権された買取銀行ではない銀行が、信用状受益者に金融を得させるため、受益者から信用状に基づいて振出された荷為替手形を善意で取得することは、前記のとおり自由であるところ、右銀行は、信用状取引の当事者ではないから、右手形を取得するに際しては、当該銀行の責任と負担においてこれを取得するに過ぎないのであつて、信用状発行依頼人のために、信用状条件を遵守し、所要の書類の点検をすべき法律上の義務はないものと解するのが相当であるから、単に右信用状条件に違反し、書類の点検を怠つて、右手形を取得したというだけでは、信用状の発行依頼人に対しては何等の責任を負担するものではないと解すべきである。

これを本件についてみるに、前記認定の事実から明らかな通り、被告銀行大阪支店は、本件信用状の受益者である訴外大東物産に対価を支払つて、同会社から本件荷為替手形を善意(悪意についての主張立証はない)で取得したものであつて、それ以外に原告と直接の法律関係にあつたことを認めることはできないから、被告銀行大阪支店は、本件荷為替手形を取得するに際し、原告のために、本件信用状の条件を遵守し、書類の点検をして、原告に前述の如き損害を蒙らせないようにすべき注意義務はなかつたものというべく、右義務は、むしろ本件信用状の発行銀行である訴外韓国外換銀行にあつたものというべきである。してみれば、その余の点につき判断するまでもなく、被告銀行大阪支店の担当職員には、本件荷為替手形を受取るに際し、原告主張の如き注意義務を怠つた過失はなかつたものというべきである。

五なお、原告は、被告銀行は、日本政府が甲種外国為替公認銀行であつて、国内の外国為替公認銀行の指導者的地位にあつたから、国際貿易の正常な発展を促進し、国際間のトラブルの発生を防止する等のため、書類の点検等については格別重い注意義務を負つていたとか、訴外大東物産の本件仲介貿易許可申請の許認可事務の一部を担当していた等の事実を前提として、被告銀行大阪支店の担当職員には原告主張の請求原因7に記載の如き書類の点検義務があつたと主張している。しかしながら、仮に、被告銀行について右原告主張の如き事情があつたとしても、前記四に述べた理由に照らしてみれば、本件信用状の受益者から本件荷為替手形を善意で取得した被告銀行大阪支店が、本件荷為替手形を受取るに際し、本件信用状の条件を遵守し、所要の書類の点検をする義務を、直接原告に対して負担していものとは到底認め難いから、右の点に関する原告の主張も失当である。

六以上の次第で、他に、原告が前記損害を蒙つたことにつき、被告銀行の担当職員に過失があつたことを認める証拠は何等ないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。よつて、原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(後藤勇 名越昭彦 小西秀宣)

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